放射線科医がドラマ・ラジエーションハウスを見た感想

2019年4月30日

最初に注意点ですが、はっきり言ってかなりの辛口評価になっていますので、ラジエーションハウスを愛する人は以下を読まないことをおすすめします。
こちらの期待が高かった分、ほとんど褒めている部分はありません。
あとネタバレを含みますので、視聴されていない人はご注意ください。

今期から放送が始まっているドラマ「ラジエーションハウス」は、われわれの放射線科を舞台とした物語です。
主人公が放射線科技師(医師でもある)ということもあり、私のまわりの技師さんの中でも話題になっているドラマです。
1話は見られなかったので、2話を見た感想になります。

このラジエーションハウスは漫画原作ですが、わたしは漫画のほうはほとんど読んでおりません。(ウェブで見られる無料の立ち読みだけです)

ドラマのみを見た感想になります。

2話の簡単なあらすじです。
唯織(窪田正孝)が勤める病院に膝の痛みを訴える少年が母親とともに受診し、レントゲン検査を受ける。検査が終わり、バスを待っていると、母親が突然腹痛を訴え、倒れる。実は母親には以前に病院の受診歴があり、悪性疾患の既往があった。さらに調べてみると、家族も悪性疾患で亡くなっていた。主人公は遺伝性疾患を疑い、少年の症状も腫瘍に伴うものではないかと疑い…

という感じのストーリーです。
これ以外に技師長・小野寺(遠藤憲一)の離婚話なんかも絡んできます。

私がこのドラマを見た率直な感想は、「これ本当にちゃんと監修されているの?」というものでした。
ドラマの随所に突っ込みどころがあり、まともにストーリーが見られませんでした。
役者さんたちの演技がそこまで悪いとは思いませんでしたが、脚本・監修のレベルの低さを感じました。
私が感じた違和感を挙げていきます。

1:遺伝性疾患の取り上げ方が雑すぎないか?

今回は、この遺伝性疾患が物語のメインになっています。
遺伝性疾患というのは親から子へと遺伝子の異常が引き継がれるもので、親の病気が子供にも出てくるというものです。
今回の疾患は特にリ・フラウメニ(Li-Fraumeni)症候群と呼ばれるものです。
これは、特にp53遺伝子と呼ばれる腫瘍抑制遺伝子の異常を有する疾患で、腫瘍を抑制することができないため、様々な悪性腫瘍が発生するという特殊な疾患です。

まず、最初の違和感は、日常臨床ではほぼ出てこない病気であるという点です。
ネットからの情報ですみませんが、このリ・フラウメニ(Li-Fraumeni)症候群は世界で400家系しか存在しません。
はっきり言って稀というレベルを超越しているほど頻度が少ないといえます。
さらに特殊な疾患であるため、家系が特定されやすいです。
なぜならその家系に所属する殆どの人がなんらかの悪性腫瘍を比較的若い時期に発症しているからです。
つまり、現代において、この疾患の人が特定されずにいることすらも珍しいのです。

わたしはこれまでの臨床業務でこの疾患の方の画像や治療に携わったことはありません。
それほど珍しい疾患が話の重要点として選択され、また主人公が鑑別の最初に挙げることに違和感を覚えるのです。

そして、このリ・フラウメニ(Li-Fraumeni)症候群は悪性腫瘍が発生しやすい家系です。
現在では生涯で1度や2度は悪性疾患に罹患することは珍しいことではありません。
しかし、それとは全く別の次元で、悪性腫瘍が発生する確率が高いわけです。
これは本人にとって非常にショックなことですし、さらに子供がいるのであれば、その悩みはより深くなります。
その心理描写であったり、医師の対応であったりをあまりに軽く描きすぎていると感じました。
母親の悩みに対して、「まだ結果が出ているわけではないので」という返事が適当とはとても考えられません。
このドラマはその疾患であるということを前提として進めていたはずなので、そこでその前提を否定するのか、と感じました。
これが原作からのものなのか脚本の影響なのかはわかりませんが、非常にデリケートな題材であるはずの遺伝性疾患の扱いがあまりに雑だと思います。

2:この病院が忙しいのか、忙しくないのかが分からない

このドラマの中では、検査の枠もいっぱいで非常に忙しいという感じで描かれています。
ところが、この技師のスタッフが一緒になっている場面が非常に多く、しかも仕事をしているわけでもないのです。
もちろんドラマの描き方と言ってしまえばそれまでなのですが、こちらからすると「忙しいの?」「暇なの?」と考えてしまいます。
通常の技師さんというのは、そこまで忙しくなくても、業務時間内にあのように全員が集まって話をしているような場面は殆ど無いと思います。

また、放射線科医も忙しくてほとんど寝ていない、みたいな描写もありました。
これも放射線科医からすると、本当かな?と感じる部分です。
私の知っている病院で放射線科医が午後9時以降も残っていることは稀です。
もちろん外科などであれば、手術の影響で日を超えることもあるかと思います。
しかしながら放射線科の検査と言うのは枠が決まっているため、極端に仕事量が増えるということは少ないと思います。
なので、寝る間も惜しんで仕事している放射線科医と聞くと違和感を覚えます。

3:監修を本当にしているのか?

上の項目ともかぶりますが、細かい部分での違和感がチラホラあります。

主人公が少年のMRIを撮る場面があるのですが、検査のオーダーが無いのに撮影を始めています。
主人公の正義感を表現する上で重要な場面ですが、通常はオーダーが無い検査はできません。
これは患者のとり間違いを防止する意味もありますし、撮影部位の間違いを防止する意味合いもあります。
医師から検査のオーダーが出て、それを技師が確認してはじめて検査ができるのです。
これは決まりごとというよりはシステムの問題です。
オーダーの無い検査は機械が読み込まないため、その検査じたいが始められないのです。
つまり、このドラマのようにオーダーが無いのに技師の独断で検査を始めるというのは、かなり非現実的と言わざるを得ません。

主人公がレントゲンフィルムを2つ重ね合わせて病変を発見していました。
これも非常に不思議な場面です。
同じ画像を重ねているわけなので、特別なことをしているわけではありません。
それならむしろ普通のモニターで見たほうがよっぽど良いです。
おそらく忘れられていく技術の中にも、優れたものがあるということを伝えたい描写なのでしょうが、これもまったく現実の臨床に沿っているとは言えず、私には意味の無い行為に映ってしまいます。

またこのレントゲンフィルムをみるために、他の部門に主人公がお邪魔している場面がありました。
これは主人公の空気の読めなさを表現する場面かと思いますがここにも違和感があります。
ふつう、放射線技術部にはこのフィルムを読むためのシャーカステンが置いてあります。
検査自体がデジタル化されていても残していることが多いと思います。
わざわざ他の部門に行っているのが非常に不思議です。

MRI検査のときにも違和感がありました。
この場面では最初にT2強調像を撮影して、その後にT1強調像を撮影するという流れでした。
T1が後になったのは、T1で病変がはっきりするための話の流れかと思います。
それは良いのですが、まるでT1強調像を撮影するのが特別なことのように描かれていたことです。
MRIのT1強調像とT2強調像は基本となる画像で、どちらか片方というのはまずありません。
両方を撮影することで意味をなすのです。
このため、T1強調像を撮るのがまるで主人公だからできた、みたいな描写をおかしく感じます。

さらに、これは普通の人でも感じたかと思うのですが、病変はT1強調像で明らかに描出されており、主人公の神の眼が必要ないことです。
おそらく画像診断を知らない人でもどこが異常かは分かったでしょう。
そして、これは細かいですが、MRIであれだけ大きくうつる異常がレントゲンではほとんど分からなかったというのも不思議です。
もちろんそういったことも無いわけでは無いですが、通常あれだけ腫瘍細胞に置き換わっているのであれば、レントゲンでの変化もそれなりに出ているのでは無いかと思います。

また、これも専門的な見方になりますが、画像のみで骨肉腫と診断していたことも違和感です。
ドラマでの描かれ方では、T1強調像とT2強調像しか撮影していないような感じでしたが、もしそうなら、それだけで骨肉腫を診断するのは非常に困難です。
通常の現場では、その他の条件のMRI画像や造影剤を使用することで診断精度を高めますし、あのように断言できることはまずありません。
むしろ、あの女性の放射線科医のほうが神の眼を持っていると言えます。

私が感じた監修での違和感をざっと挙げてみました。
思い出しながら書いているので、細かいものも挙げればもっとあったかと思いますが、思いつくものだけでもこれだけあります。
どこを監修していたのか不思議に思うレベルです。
もしかしたら放射線科の監修は入っていないのかもしれないと疑うぐらいです。

4:他の医療ドラマと比較して

最近は医療ドラマも様々なものが作られています。
私が最近見たのは「コウノドリ」になります。
「コウノドリ」は産婦人科を舞台にしたドラマです。

どうも今回の「ラジエーションハウス」と「コウノドリ」は同じ施設を病院として撮影を行っているようです。
「コウノドリ」で見た場面と同じものを、今回のドラマでもいくつか見かけました。
もしかすると撮影スタッフも同じなのかもしれません。

そこで感じるのは「ラジエーションハウス」と「コウノドリ」の完成度の差です。
どちらも漫画原作のドラマ化という点では共通しています。

ただ今回の「ラジエーションハウス」は上で挙げたように非常に違和感のある演出・描写が多いです。
いっぽうの「コウノドリ」は医療者として違和感を覚える部分が少なく、内容的にも非常に面白かったです。
言ってみれば監修がしっかりなされており、脚本も優れていたのだと思います。
医療漫画の場合には原作者が医療に詳しい場合もありますが(手塚治のブラックジャックなど)、監修がついて作られる場合のほうが多いと思います。
そういった意味で監修のレベルは非常に重要です。
その物語のリアルさは監修に左右されると思います。
「コウノドリ」には産婦人科学会が全面的にバックアップをして、産婦人科を盛り上げていこうという気概のようなものを感じました。
出産や治療のシーンに実際の新生児が使われていたのも衝撃的でした。
その「コウノドリ」と比較すると、今回の「ラジエーションハウス」はお粗末と言わざるを得ません。
上に書いたように、監修や脚本によるリアルの裏づけが薄すぎます。
原作のイメージによっても多少影響を受けているのかもしれません。
「ラジエーションハウス」は少し読んだ感じでは、コメディタッチの部分もあります。
「コウノドリ」はその性質上、どうしてもシリアスに寄らざるを得ない部分があります。
そういった意味で、「ラジエーションハウス」はコメディの中に、医療のもつシリアスさも入れなければならないという難しさもあったかもしれません。

以上、ながながと書いてきましたが、結論を言うと、ドラマ「ラジエーションハウス」は監修・脚本が非常に薄いです。
放射線科がモデルとなるドラマはなかなか無いので期待していましたが、期待が強かった分、逆にがっかりです。
この長文を読んでいただければ私の期待度も分かっていただけるかと思います。
残念ながら、私はこの薄い医療ドラマを見続けられるほど忍耐強くないため、このドラマの感想は今回だけで終わりそうです。
原作は少し読んだだけですが、読んだ範囲ではそこまで破綻もしておらず、面白そうだったので、もしかしたら今後読むかもしれません。

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