放射線治療医が考える前立腺癌の治療選択
放射線治療医から見た選択肢
まず、今回なぜ放射線治療医から見た治療選択肢について話題にするかという点についてです。
一般的に、放射線治療を受ける場合に、放射線治療科は最初に受ける科ではありません。
どういうことかと言うと、治療を受ける原因の癌によって、まずは主科となる診療科を受診したのちに、放射線治療科を受診することになるからです。
具体的には、前立腺癌であれば泌尿器科が主科になりますし、肺癌であれば呼吸器内科や呼吸器外科が主科になります。
前立腺癌であれば泌尿器科を受診して、放射線治療を選択してようやく放射線治療科を受診することになります。
つまり、治療の選択は、多くの場合放射線治療科を受診して行われるのではなく、泌尿器科を受診した際に選択されているということです。
ですので、治療の選択肢については泌尿器科医から説明を聞くことがほとんどであり、放射線治療医から治療選択肢について詳しい説明を聞く機会はほとんど無いと言えます。
最近ではインターネットやSNSを利用して様々な情報が手に入るため、自分で治療選択肢をある程度考えて決めている人もいるかもしれませんが、人によっては医師の勧める治療をそのまま受け入れる場合も少なくないと思います。
もちろん医師の勧める治療が悪いことはほとんどありませんが、その他の選択肢についても知っておいて損は無いと思います。
そのため、今回、放射線治療医は前立腺癌の治療選択をどのように考えているのかを紹介しようと考えたわけです。
そして、前立腺癌の治療はおもにそのリスクによって分けられますので、以下はそのリスクごとに治療選択を紹介していこうと思います。
低リスク前立腺癌の治療選択肢
まずは低リスク前立腺癌についてです。
実は、低リスク前立腺癌が最も治療選択肢が多くなっています。
これは前立腺癌じたいがもともと予後の良い病気であり、さらに低リスクになると、ほとんどの場合、前立腺癌で亡くなるということはありません。
つまり、どのような治療法を選択しても治療成績は良好ですし、さらに状況によっては治療を行わないという選択肢も取ることがあります。
超低リスクの場合
低リスクの中でもさらにリスクが低い場合は、基本的には積極的治療はお勧めしません。
これは治療を行うことによるデメリットが、治療によるメリットを上回るためです。
その場合に選択されるのがアクティブサーベイランスあるいは通常の経過観察になります。
アクティブサーベイランスとは、完全に何もしないわけでは無く、定期的に検査を行いながら、病気が悪性化していないかを確認し、仮に悪性化しているようであれば治療を行うというものです。
具体的にはアクティブサーベイランス中には定期的なPSA検査やMRIによる画像確認、前立腺生検を行います。
低リスクの場合
まず、高齢などで診断時の予後が10年以内であれば、積極的な治療をおこなわずに経過観察が推奨されます。
単純に考えると90歳を超えた低リスク前立腺癌では積極的な治療を行うメリットは乏しいです。
次に10年以上の生存期間が期待できる場合は、上記のアクティブサーベイランスや放射線治療(小線源治療を含む)、手術が選択肢となります。
基本的に、低リスク前立腺癌は非常に予後が良いため、どの治療を行っても良好な治療成績が期待できます。
そのため、治療選択肢は、治療成績よりも、生活スタイルなどで決めることになります。
積極的な治療を希望しない場合にはアクティブサーベイランスでも良いですが、アクティブサーベイランスで重要なのは途中で自己判断により通院をやめてしまわないことです。
手術の場合には手術前後も含めて、1週間程度の入院が必要になると考えられます。
また、手術の場合は、放射線治療に比較すると、尿漏れや性機能障害などの合併症は多くなりがちです。
通常の放射線治療は長期間の通院が必要となります。
長い場合で8週間程度、短くても4週間程度は通院する必要があります。
このため、現役で仕事をされている方などは、通院が難しい場合もあるかもしれません。
小線源治療は手術と似たような形で、治療日を含めて、前後で3日~1週間程度の入院になります。
このため、長期の通院が難しい場合には手術や小線源治療が選択肢となります。
中リスク前立腺癌の治療選択肢
予後の良い中リスク前立腺癌の場合
中リスク前立腺癌の中でも、よりリスクの低い、予後の良い(favorable)場合の選択肢についてです。
高齢などで期待される寿命が5-10年程度の場合、低リスクと同様に経過観察を行う選択肢もあります。
いっぽうで中リスクの場合には経過観察によって病状が進行する可能性もあるため、期待される寿命が短い場合でも放射線治療を行うことがあります。
10年以上の生存が期待できる場合には、低リスクと同様に、アクティブサーベイランス、放射線治療(小線源治療を含む)、手術が選択肢となります。
予後の良くない中リスク前立腺癌の場合
次は予後の良くない(unfavorable)中リスク前立腺癌についてです。
期待される寿命が5-10年程度の場合には、経過観察あるいは、放射線治療(小線源治療を含む)+ホルモン治療が推奨されます。
10年以上の生存が期待できる場合には、手術(骨盤リンパ節を切除する場合もあり)あるいは放射線治療+ホルモン治療が選択肢となります。
手術の方がメリットがあるのか?
ここで手術のメリットについて触れますが、手術を選択した場合、仮にその後の経過で前立腺癌が再発した場合には、追加で放射線治療を行うという選択肢があります。
いっぽうで、最初に放射線治療を行った場合には、その後に再発をしても手術を選択することは基本的にできないため、ホルモン治療や抗がん剤治療が選択肢となります。
これは放射線治療によって、周囲の組織に癒着がおこるため、手術が非常に難しくなるからです。
注意点としては、手術を行った後に放射線治療を行った場合は、かなり高い確率で尿漏れが起こることです。
このため、その後の生活においては、人によっては尿漏れパッドが常に必要になるということもあります。
実際には手術を選択しても、放射線治療+ホルモン治療を選択しても、治療成績は大きく変わりません。
下の図は、それぞれの治療での中リスク前立腺癌の成績を示しています。
赤色が手術、緑色が放射線治療+ホルモン治療ですが、むしろ放射線治療+ホルモン治療の方が治療成績が良い可能性があります。
さらに言うと、青色が小線源治療になりますが、小線源治療の方が、より治療成績が良い傾向にあります。
その後の治療選択肢が多いという理由のみで手術を選択するべきではないかもしれません。
高リスク前立腺癌の治療選択肢
予後が5年以内の場合
高リスク前立腺癌で、期待できる寿命が5年以内の場合の選択肢としては、経過観察、ホルモン治療、放射線治療があります。
高リスクの場合には、転移する可能性も高く、仮に骨などに転移した場合は、痛みなどによりQOLが大きく下がる可能性があるため、予後がそこまで長くなくてもある程度の病状コントロールは必要と考えます。
予後が5年よりも長く期待できる場合
予後が比較的長い場合には、基本的に放射線治療+ホルモン治療が推奨されます。
手術も選択肢にはあがりますが、個人的にはあまりお勧めしないと考えています。
これは高リスク前立腺癌におけるそれぞれの治療の成績を示していますが、赤色で示す手術が最も不良です。
緑色の放射線治療+ホルモン治療あるいは、青色の小線源治療のほうが治療成績は良好です。
手術はリスクが上がるにつれて治療成績が低下していきます。
もちろん放射線治療もリスクが上がれば治療成績は悪くなるのですが、手術ほどは低下していません。
個人的には高リスク前立腺癌であれば、小線源治療、特に高線量率(HDR)と呼ばれる治療がおすすめであると考えています。
ただ、高線量率の小線源治療を行える施設は非常に限られているため、受けたいと思って受けられるものではありませんが、一度担当医に確認してみるのも良いかもしれません。
今回、放射線治療医の視点から前立腺癌のリスク別の治療選択肢について紹介してみました。
手術については少し否定的な意見も書きましたが、最初に書いたようにおそらく治療の説明を受けるのはほとんどが泌尿器科医からであり、泌尿器科医から手術について否定的な意見を聞くことも少ないのではないかと思い紹介しました。
前立腺癌は様々な治療方針を取りうる疾患であり、一つの治療に絞られるものではないため、逆に悩ましい側面もありますが、こちらの記事が治療選択の決定にお役に立てば幸いです。
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