乳癌治療の最新情報まとめ ― 放射線治療を中心に、乳房温存術・切除術との比較から将来展望まで ―
【結論】乳癌術後の放射線治療は、生存率向上に寄与する重要な治療
少なくとも現時点において、乳癌術後の放射線治療は生存率の向上に寄与する重要な治療と言えます。
近年では「省略できないか?」という議論もありますが、エビデンス上は慎重な判断が必要です。
1. 乳房切除術 vs 乳房温存術 ― 本当にどちらが優れているのか?
これまでの常識
これまでに多くの研究で、乳房温存術(+放射線治療)は、乳房切除術(放射線治療なし)に対して「非劣性(治療成績として劣っていないこと)」が示されてきました。
しかし近年の報告では…
より最近の研究では、
温存術のほうが乳房切除術に比べて優れている可能性
が示唆されています。
※ここでの治療成績とは局所制御ではなく、生存率を指します。
この結果は一つの研究ではなく、複数の医学的に権威ある雑誌で報告されています。
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Lagendijk M, et al. Int J Cancer2018;142:165-175.
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Agarwal S, et al. JAMA Surg2014;149:267-274.
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Chen K, et al. Oncotarget2015;6:40127-40140.
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Hwang ES, et al. Cancer2013;119:1402-1411.
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Fisher S, et al. Ann Oncol2015;26:1161-1169.
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Hartmann-Johnsen OJ, et al. Ann Surg Oncol2015;22:3836-3845.
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van Marren MC, et al. Lancet Oncol2016;17:1158-1170.
2. なぜ温存術+放射線治療の成績が良い可能性があるのか?
直感的には不思議な結果
乳房切除術は乳房全体を切除するため、一般的には根治性が高いと考えられます。
一方、温存術では乳房の大部分は残ります。そして術後に放射線治療が必須です。
単純に考えると、切除術の方が有利に思えます。
しかし実際はそうではない可能性が示されています。
① 局所制御=生存率ではない
局所制御(その部位を抑えること)が良くても、生存率が必ず向上するとは限りません。
理由の一つとして、
-
強い局所治療 → 副作用増大 → 生存率低下
という可能性があります。
また、癌は全身病と考えるべき側面があり、局所だけを制御しても転移が出れば予後は悪化します。
② 放射線治療は手術より広い範囲を治療している
放射線治療では、手術より広い範囲を照射しています。
特に重要なのが腋窩リンパ節領域です。
腋窩リンパ節は乳癌で最も転移しやすい場所です。
放射線治療では、リンパ節転移がない場合でも腋窩を含めて照射することがあります。
つまり、
放射線が潜在的な微小転移を制御している可能性
があるのです。
乳癌術後のリンパ浮腫に関する記事はこちら
なお、乳癌術後に問題となることのあるリンパ浮腫については、原因・予防・対処法を別記事で詳しく解説しています。
③ リンパ節検査の偽陰性
リンパ節検査で偽陰性(実際は転移ありだが検査は陰性)となる場合があります。
温存術では放射線でリンパ節領域も照射されますが、切除術では陰性なら追加治療は行いません。
この差が生存率差に影響している可能性があります。
④ 手術手技の影響(整容性とのバランス)
乳房切除術では整容面向上のため、
-
皮膚温存
-
乳頭温存
を行うことがあります。
しかし組織を残せば、その部分に再発リスクが残ります。
どの患者に安全に適応できるか慎重な検討が必要です。
⑤ 放射線治療そのものの進歩
現在の放射線治療は、
-
CTベース(場合によりMRI)
-
線量計算の精度向上
-
IMRT普及
-
深吸気息止め法
などにより正常臓器線量を低減できます。
以前の副作用データをそのまま現在に当てはめることはできません。
寡分割照射の紹介記事はこちら
近年標準となっている16回照射(寡分割照射)については、治療効果や安全性を別記事で詳しく解説しています。
3. 乳癌術後放射線治療の副作用と省略の議論
近年、心血管障害や二次がんなど長期副作用への関心が高まっています。
66歳以上・ステージI・ER陽性患者13,000例以上の解析では、
-
何も追加治療をしない群
-
ホルモン治療のみ群
で乳癌再発が有意に増加。
放射線治療のみ群は併用群と有意差なし。
結論として、
放射線治療の省略は推奨されない
という結果でした。
放射線治療における心疾患リスクについてはこちら
乳癌の放射線治療と心疾患リスクについては、線量と長期影響のデータを含め別記事で詳しく解説しています。
4. 術後放射線治療の具体的技術
① ボーラス使用は本当に必要か?
胸壁照射ではボーラス(ゲル状物質)を使うことがあります。
しかし、
-
再発率は低く差なし
-
生存率も差なし
-
皮膚炎は悪化
全身治療併用例では盲目的使用は推奨されません。
② 小線源治療(APBI・uAPBI)
-
APBI:34Gy/10回
-
uAPBI:16Gy/1回
治療成績・晩期合併症に有意差なし。
ただし実施施設は限定的。
③ 術中照射(IORT)
メリット:
-
腫瘍部位へ直接照射
-
通院不要
しかし15年局所再発率は
-
IORT:8.3%
-
全乳房照射:2.5%
標準は全乳房照射とされています。
5. 陽子線治療は有効か?
内胸リンパ節照射時、
陽子線は心臓・肺線量を減らせる可能性。
将来の心血管リスク約2.9%減少と報告。
しかし、
-
高額
-
保険未適応
-
欧米データ中心
-
左側乳癌のみで心臓線量が問題となる
-
日本人は背景リスク異なる(肥満や心血管リスクの違い)
現時点で積極的支持は難しい。
6. 術前APBIという新たな試み
38.5Gy/10回/2週、ノンコプラナー照射。
重篤副作用なし、整容良好。
術前APBIのみでCR例も報告。
しかしphase2段階であり、今後の検証が必要。
7. 最近の治療選択の傾向
最近は、
-
治癒だけでなくQOL重視
-
強度を下げる治療の検討
-
個別化医療の進展
が進んでいます。
しかし、
エビデンス確立前に新治療が出る時代
仮に新治療が来てもエビデンスの蓄積が治療の普及に間に合わない。
慎重な判断が必要です。
8. 乳癌治療の今後
化学療法・遺伝子解析の進歩により、
今後はより精密なリスク評価が可能になります。
将来的には、
-
不要な治療の省略
-
必要な治療の最適化
が進む可能性があります。
5回照射という可能性
海外では16回照射よりも短い5回照射の研究も進んでいます。
最新研究をまとめました。
【最終まとめ】
-
乳房温存術+放射線治療は生存率で優れる可能性が示唆
-
放射線治療はリンパ節領域を含む広範囲治療が可能
-
省略は慎重に検討すべき
-
技術進歩により副作用は低減
-
陽子線や術前APBIなど新治療はまだ発展途上
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乳癌の放射線治療に関するFAQ
Q1. 乳房温存術(放射線治療あり)と乳房切除術(放射線治療なし)はどちらが治療成績が良いのですか?
これまでの研究では、乳房温存術+放射線治療は乳房切除術に対して「劣らない(非劣性)」ことが示されてきました。
さらに近年では、生存率において温存術のほうが優れている可能性を示唆する報告も複数あります。
ここでいう治療成績とは局所制御ではなく「生存率」を指します。
Q2. なぜ乳房を残す温存術のほうが成績が良い可能性があるのですか?
いくつかの可能性が考えられています。
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放射線治療がリンパ節領域まで広く照射している
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微小転移を制御している可能性
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リンパ節検査の偽陰性を補っている可能性
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手術で皮膚や乳頭を温存することによる再発リスクの差
-
放射線治療技術の進歩
単純な局所制御だけでは生存率は説明できない可能性があります。
Q3. 乳房温存術後の放射線治療は省略できますか?
現時点では慎重に判断すべきです。
高齢・ステージI・ER陽性の症例を対象とした大規模研究では、
-
何も追加治療をしない群
-
ホルモン治療のみの群
で再発が有意に増加しました。
放射線治療は生存率や再発予防に寄与する重要な治療と考えられています。
Q4. 放射線治療の副作用は危険ですか?
長期的には心血管障害や二次がんが議論されています。
しかし現在は、
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CTベース治療計画
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IMRT
-
深吸気息止め法
などの技術進歩により、心臓や肺への線量は大きく低減されています。
過去の副作用データをそのまま現在に当てはめることはできません。
Q5. 術中照射(IORT)は通常の放射線治療より優れていますか?
術中照射は通院が不要という利点があります。
しかし15年局所再発率では、
-
術中照射:8.3%
-
全乳房照射:2.5%
と、全乳房照射のほうが良好でした。
標準治療としては全乳房照射が推奨されます。
Q6. 小線源治療(APBI・uAPBI)は有効ですか?
APBI(34Gy/10回)とuAPBI(16Gy/1回)では、
治療成績および晩期合併症に有意差はありませんでした。
ただし実施施設は限定的で、一般的な治療とは言えません。
Q7. 陽子線治療はX線より優れていますか?
陽子線治療は心臓や肺への線量を減らせる可能性があります。
特に内胸リンパ節を含める照射では利点があると報告されています。
ただし、
-
高額
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保険未適応
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欧米データ中心
-
左乳癌のみ心臓線量が問題
などの課題があり、現時点では通常のX線治療を超える明確なメリットは限定的と考えられます。
Q8. 術前APBIとは何ですか?
術前に腫瘍床へ集中的に照射する治療法です。
-
38.5Gy/10回/2週間
-
重篤な副作用なし
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整容良好
-
CR例も報告
ただしphase2段階であり、まだ研究段階の治療です。
Q9. 乳房切除術後のボーラス使用は必要ですか?
ボーラスは皮膚表面に十分な線量を与えるために使用します。
しかし化学療法やホルモン療法を併用している症例では、
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再発率に差なし
-
生存率に差なし
-
皮膚炎は増加
という結果であり、盲目的な使用は推奨されません。
Q10. 今後の乳癌治療はどうなりますか?
化学療法や遺伝子解析の進歩により、個別化医療が進んでいます。
将来的には、
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不要な治療の省略
-
必要な治療の最適化
が可能になると考えられます。
ただし、現時点ではエビデンスに基づいた治療選択が重要です。
参考文献
Whole Breast Irradiation Versus Intraoperative Electron Radiation Therapy for Breast Conserving Therapy: A Large Mature Single Institution Matched-Pair Evaluation of True Local Relapse, Progression Free Survival, and Overall Survival
- PMID: 36736632
- DOI: 10.1016/j.ijrobp.2023.01.049
APBI Versus Ultra-APBI in the Elderly With Low-Risk Breast Cancer: A Comparative Analysis of Oncological Outcome and Late Toxicity
Joint Estimation of Cardiac Toxicity and Recurrence Risks After Comprehensive Nodal Photon Versus Proton Therapy for Breast Cancer.
Preoperative Accelerated Partial Breast Irradiation for Early-Stage Breast Cancer: Preliminary Results of a Prospective, Phase 2 Trial.
Improving the Therapeutic Ratio Among Older Women With Early Stage Breast Cancer by Reevaluating Adjuvant Radiation Therapy and Hormone Therapy
- PMID: 34919883
- DOI: 10.1016/j.ijrobp.2021.09.040
Radiation Without Endocrine Therapy in Older Women With Stage I Estrogen-Receptor-Positive Breast Cancer is Not Associated With a Higher Risk of Second Breast Cancer Events
- PMID: 33974886
- DOI: 10.1016/j.ijrobp.2021.04.030






















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