乳がん術後の放射線治療と心臓への影響 ― 冠動脈・心血管リスク・QOLまで最新研究をわかりやすく解説 ―
乳がん術後の放射線治療は、再発を防ぐために重要な治療です。
一方で近年、「心臓への影響」が大きなテーマとなっています。
特に左側乳がんでは、心臓が照射範囲に近いため、将来的な「心血管系副作用(心疾患リスク)」が問題となることがあります。
この記事では、
冠動脈(特に左前下行枝:LAD)と心疾患リスク
アジア人における心臓線量の影響
放射線治療後のQOL(生活の質)
内胸リンパ節照射と虚血性心疾患
心臓線量評価(MHDとLAD)
について、研究結果をもとに整理します。
① 冠動脈の動脈硬化があるかどうかでリスクは変わる
結論
左側乳がん術後の放射線治療において、
冠動脈の前下行枝(LAD)に存在する動脈硬化性変化に、どれだけ放射線が当たったか
が、その後の心疾患発生頻度に影響します。
研究のポイント
これまでの研究では、
心臓の線量が高いほど
将来の心疾患リスクが上昇する
と報告されてきました。
今回の研究はさらに踏み込み、
「冠動脈にすでに動脈硬化があるかどうか」
に着目しました。
結果
動脈硬化性変化がある冠動脈に放射線が当たる → 心疾患リスクが有意に上昇
単に冠動脈線量だけでは → 有意な影響なし
つまりどういうことか?
✔ 動脈硬化が少ない場合
たとえある程度冠動脈に放射線が当たっても、
将来的な心疾患リスクは大きくは上昇しない。
✔ 動脈硬化が存在する場合
放射線治療計画は、より慎重に立てる必要がある。
この研究はオランダからの報告であり、人種差や生活習慣の違いは考慮が必要ですが、非常に示唆に富む結果です。
② アジア人でも心臓線量は無視できない
結論
アジア人であっても、心臓に低線量が照射されれば将来的な心疾患リスクは上昇する。
心臓線量の低減は重要です。
これまでの認識
データの多くは欧米人
欧米人は体格が大きく心疾患リスクも高い
現在はCTで精密照射が可能
そのため、
「日本人ではそこまで心配しなくても良いのでは?」
という認識もありました。
アジア人を対象とした研究結果
対象:アジア人女性
心疾患リスク因子
心臓線量
高血圧
糖尿病
リスクを下げる因子
定期的な運動習慣
実際の発生率
低リスク群(因子0–1個)
5年後:1.5%
10年後:4.7%
高リスク群(因子2–3個)
5年後:5.7%
10年後:10.2%
高リスク群では10人に1人が心疾患を発症しています。
定義された心疾患
狭心症
心筋梗塞
心不全
心房細動
いずれも比較的重篤な症状を伴うものです。
この結果から、
「アジア人だから心臓線量は気にしなくてよい」
という考えは見直す必要があると考えられます。
③ 胸部放射線治療とQOL(生活の質)
結論
胸部放射線治療後のQOLに影響するのは、
心臓線量
身体活動性の維持
です。
研究内容
対象:
乳がん
肺がん
縦隔リンパ腫
乳がん患者
心臓の平均線量が1Gy増加するごとに
QOLスコアが有意に低下。
肺がん・リンパ腫
心臓に5Gy照射される体積が10%増えると
活動性が有意に低下。
示されたこと
心臓高線量 → 疲労感増加・活動性低下
身体活動の維持 → QOL改善に寄与
重要なポイント
治療後のQOLを保つには、
心臓線量をできるだけ低減する
身体活動性を維持する
ことが重要です。
④ 内胸リンパ節照射と虚血性心疾患リスク
背景
内胸リンパ節は通常は標準照射ではありません。
しかし、
多数のリンパ節転移
内胸リンパ節転移あり
の場合には照射対象となります。
問題は、
照射範囲拡大による心血管リスク増加の可能性
です。
結論
10年間の経過観察では、
内胸リンパ節照射による
有意な虚血性心疾患リスク増加は認められませんでした。
注意点
放射線後の虚血性心疾患リスクは
治療5年後から増加開始
20年後まで増加継続
今回の中央値は10年観察であり、
長期的評価は十分ではない可能性があります。
⑤ 放射線照射と心疾患リスクの現在の考え方
近年、
左乳がん放射線治療では
心臓線量の低減が強く意識されるようになりました。
発症リスクは10年で5%以下と大きくはありません。
しかし、
乳がんは比較的若年発症
その後の人生が長い
という点を考えると、無視できないリスクです。
深吸気息止め(DIBH)
現在は
深吸気息止め法
により、
息を吸って止めた状態で照射し
心臓線量を大きく低減できます。
技術の進歩により、心臓への影響は確実に減少しています。
⑥ 冠動脈(LAD)の同定は必要か?
現在、心臓線量評価は
心臓全体の平均線量(MHD)
が基準です。
LADを評価すべきという考え
左乳がん治療で問題となるのは
左前下行枝(LAD)
より正確なリスク予測が可能ではないか、という議論があります。
しかし問題点
LADは非常に細い
CTでは同定が難しい
心拍によるブレ
MRIがより適している
MRI撮影が必要になる
現時点での結論
MHDで十分リスク推計可能
LAD同定は必須ではない
今後、AIによる高精度同定が可能になれば変わる可能性があります。
まとめ
冠動脈に動脈硬化がある場合、放射線線量は心疾患リスクに影響する
アジア人でも心臓線量は無視できない
心臓線量はQOLにも影響する
内胸リンパ節照射は10年観察では有意なリスク増加なし
現在はMHD評価が標準
深吸気息止めにより心臓線量は大きく低減可能
重要なメッセージ
乳がん術後放射線治療は、
再発予防という大きなメリットがあります。
そのうえで、
心臓線量をできる限り下げる努力をしながら治療することが重要
です。
そして治療後は、
血圧管理
糖尿病管理
運動習慣の維持
が、将来の心疾患リスク低減につながります。
乳癌術後の放射線治療について詳しく説明した記事はこちら
乳癌術後放射線治療の生存率への影響や治療全体の位置づけについては、別記事で最新エビデンスをもとに詳しくまとめています。
乳がん術後の放射線治療における皮膚炎
別の記事で皮膚炎についてまとめています。
皮膚炎について気になる方は参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 乳がん術後の放射線治療で心臓に影響はありますか?
左側乳がんの場合、心臓が照射範囲に近いため、将来的な心疾患リスクがわずかに上昇する可能性があります。
特に心臓への線量(MHD)がリスクに関連するとされています。ただし実際の発症率は10年で5%以下と報告されています。
Q2. 冠動脈(LAD)への放射線照射は危険ですか?
冠動脈の中でも左前下行枝(LAD)は重要な血管です。
研究では、すでに動脈硬化が存在する部位に放射線が当たった場合に、心疾患リスクが有意に上昇することが示されています。
一方で、動脈硬化が少ない場合は、単純な線量だけでは有意なリスク上昇は認められていません。
Q3. 日本人やアジア人でも心臓線量は気にする必要がありますか?
はい、必要があります。
アジア人女性を対象とした研究でも、心臓線量は将来的な心疾患リスク因子となることが示されています。
特に高血圧や糖尿病を合併している場合は注意が必要です。
Q4. 放射線治療後の心疾患リスクはどのくらいですか?
リスク因子が少ない低リスク群では
5年後:1.5%
10年後:4.7%
リスク因子が多い高リスク群では
5年後:5.7%
10年後:10.2%
と報告されています。
ここでいう心疾患とは、狭心症・心筋梗塞・心不全・心房細動などです。
Q5. 内胸リンパ節照射をすると心疾患リスクは上がりますか?
10年間の経過観察では、有意な虚血性心疾患リスクの増加は認められていませんでした。
ただし、放射線後の心疾患リスクは5年後から増加し20年後まで続くとされており、より長期の観察が必要です。
Q6. 心臓線量(MHD)とは何ですか?
MHD(Mean Heart Dose)は、心臓全体の平均被ばく線量を示す指標です。
現在、乳がん術後放射線治療における心疾患リスク評価の基準として広く用いられています。
Q7. LADを正確に評価する必要はありますか?
理論上はLAD線量の方がリスク予測に有用と考えられますが、LADは細くCTでの同定が難しい構造です。
現時点では、MHD評価で十分とされ、LADの同定は必須ではありません。
Q8. 心臓への放射線を減らす方法はありますか?
はい。
深吸気息止め(DIBH)という方法を用いることで、息を吸って止めた状態で照射し、心臓線量を大きく低減できます。
現在はこの技術が広く用いられています。
Q9. 放射線治療は生活の質(QOL)に影響しますか?
心臓線量が増えると、将来的な疲労感や活動性低下につながる可能性があります。
一方で、身体活動を維持することはQOLの改善に有意に寄与することが示されています。
Q10. 心疾患リスクを下げるためにできることはありますか?
研究では以下が重要とされています。
血圧管理
糖尿病管理
定期的な運動習慣
放射線治療後も生活習慣の管理が重要です。
参考になる書籍
心疾患リスクを下げるうえで重要なのは、「無理なく安全に運動を継続すること」です。
心臓リハビリテーションは、医学的根拠に基づいて心機能を守りながら身体活動を高めていく方法として確立されています。
『健康寿命を延ばす 心臓リハビリテーション入門』は、専門的な内容を一般の方にも分かりやすく解説しており、運動習慣をどう始めればよいかの具体的なヒントが得られる一冊です。
放射線治療後のQOLを維持するためにも、適切な身体活動について知っておくことは大きな意味があります。
Q11. 心疾患リスクはいつから上がりますか?
放射線治療後の虚血性心疾患リスクは、
治療5年後から増加し始め、20年後まで増加すると考えられています。
放射線治療の副作用(まとめ)
副作用を網羅的にまとめています。
補足
乳がん術後放射線治療は再発予防に大きな効果があります。
心臓線量を可能な限り低減しながら治療することが現在の基本方針です。
参考文献
Ischemic Cardiac Events Following Treatment of the Internal Mammary Nodal Region Using Contemporary Radiation Planning Techniques.
Risk of Cardiac Disease in Patients With Breast Cancer: Impact of Patient-Specific Factors and Individual Heart Dose From Three-Dimensional Radiation Therapy Planning
Early Changes in Physical Activity and Quality of Life With Thoracic Radiation Therapy in Breast Cancer, Lung Cancer, and Lymphoma
- PMID: 33223046
- PMCID: PMC11249041
- DOI: 10.1016/j.ijrobp.2020.10.018
Should We Contour Cardiac Substructures in Routine Practice? How Autosegmentation Helped Get Us There (or Not)
- PMID: 35101194
- DOI: 10.1016/j.ijrobp.2021.11.014
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